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2018年4月9日月曜日

瞑想のために~ Relaxing Celtic Music @432Hz ❯ Beautiful Music | Harp Music ❯ Meditation...



Meditative Mind 2018/04/08 に公開

Beautiful Celtic Harp Music tuned to 432Hz for optimum relaxation. This can also be used as background music for Meditation and Yoga. Let go all the stress and tension with this soothing relaxation music. Many Blessings and Peace All the way!!

美しいケルトハープの音楽は、最適なリラクゼーションのために432Hzに調整されています。 これは、瞑想とヨガのバックグラウンドミュージックとしても使用できます。 この落ち着いたリラクゼーション・ミュージックで、すべてのストレスと緊張を癒してください。 すべての方法に祝福と平和を!

【今日のお気に入りYouTube】

瞑想にぴったり~♪
432Hzのソルフェジオ周波数は、宇宙の周波数であり、
振動である、いわれています。
このケルトハープは魂にとても心地よく響きます。

自分(魂)の波動が宇宙の波動(振動)と同化していく
ような心地よさ・・
この音楽を聴きながら瞑想をしていくと限りなく
開放感平和を味わえる動画です!

あまりの心地よさに3時間のバティ
(集中瞑想)にも座れる感じです。

この動画の「雲海をすべりゆく小舟の映像」に
とても直感的に惹きつけられました。
小舟は雲海をただ漂うのではありません。

この小舟の行く先ははっきりと分かっています。
そう、行く先はニルバーナ(梵語nirvāna)の地、
魂たちが生まれたところに・・です。

魂って何? と思う人もいるかもしれません。
魂とは本来の自分、つまり「真の自己」です。

私は誰か・・・? 
私とは、実はこの身体ではなく、「魂」なのです!


「魂」と「身体」の関係は、
御者と馬車、あるいは、ドライバーと自動車の関係だと
気づいている人はどの位いらっしゃるのでしょう?


身体の意識(エゴ)で生きていることは、なかなか
たいへんなことですね。
自分のありようが、地位、経済力、容姿、学歴、
家系、家族、健康、居住地、国、自然の環境etc.
に影響されるからです。

また、人から自分はどう思われたいのかにも、
あくせくするようにもなります。

尊敬されたい、一目置かれたい、頭がいいと思われたい、
褒められたい、美しいと思われたい、などなどエゴの
うぬぼれや優越欲求が生じてきます。
それが叶わないと逆に卑屈感に転落してしまう・・・


この身体を面倒みるのは経済的にもたいへんなことです。
まず食べ物や着るもの、教育や住まい、
また健康を保つ医療、美容などが必要ですよね。

それらを賄うのにお金がどうしても必要だし、
そのお金を得るためにそれこそ命を削る思いです。
そのために人生をあくせくしてしまう・・・


「欲望は、海水を飲むことに似ています。
 飲めば飲むだけ、喉が渇くのです。(ダライ・ラマ法王)


あくせくするために私たちはこの世に生まれたのでしょうか?
よく考えてみたら「ほんとうに大切なこと」が
見えなくなってしまっているのかも知れません。


「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」という禅のことばがあります。
ときに茶席にもかかっていることがありますからご存知の方も
いらっしゃるでしょう。

この意味は、辞書には
「事物はすべて本来空(くう)であるから、執着すべきものは
何一つないということ。(禅宗でいう)」とあります。

どういうことか、というと
先述の体の意識(ego)が強すぎると
物事を見ていくすべてが
「私の〇〇という、執着」になっていきます。

私の地位、私の家、私の車(所有物すべて)、私の家系、私の経済力、
私の学歴、私の容姿、私の恋人、私の夫(妻)、ひいては所属にもと、
際限なくエゴからの執着がでてきます。

これは「身体が私である」というある種の錯覚から
ものごとの見方、感じ方、が究極は「苦しみ・悲しみ」を
生じさせるのです。

本来の自分(魂)は、もともと無一物なんですね。
裸で何一つ持たず生れてきた、とか言いますが
実はすでに「からだ」を持ったので、
これが執着の始まり、です。(笑)

ときどき瞑想中に「無一物の魂」を想像してみましょう。
魂とはどういうものでしょうか・・?
魂は「光の点」です。

光りの絵などを見ながら
それをイメージして本来の自分を取り戻しましょう。
ひたすら練習を繰り返します。

瞑想は無念無想というより「イメージする力」を
使うと良いです。ポジティブなイメージです。



私たちはエゴ(身体の意識)の五感の
快感を満足させる
ためだけに必要以上に無駄な努力を
していることはないか?と。
朝から晩まで無駄なことに
あくせくしてないかと・・。

ダライ・ラマ法王のことばにも
「もっとも大切なことを忘れ、
どうでもいいことに重きを置くようになります。」

真実(本来の自分)に戻ると
どうでもよいこと、つまりエゴの執着です。

身体をもつとある程度の執着は仕方ないと思います。
ですが、身体が持つ執着を出来るだけ手放さない限り
精神的にも物理的にも解放は得られず、
ストレスの真っただ中に漂うことになります。

身体(車)の御者は「魂=本来の私=真の自己」です。
瞑想は「身体の意識」を忘れて
「魂の意識」になる、つまり執着を離れる
練習をしていくことが大切です。

繰り返し、繰り返し、私とは誰か?
「ひかり」の自分である、という認識を強めること。

「魂=本来の自己」から、身体のマインドにそれを
言って聞かせることを繰り返しましょう。


今日は瞑想で「小舟」に乗ってニルバーナの地、
茜色にきらきら輝く、平安の世界に遊びました!









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